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2003 年 ギリシャ旅行記 (7 日目) ■ 6 月 18 日 (水) アテネ
7:00 過ぎに起床。晴れ。今日も暑くなりそうな予感。
8:30 頃に朝食のレストランへ。エレベータホールからは真正面にアクロポリスが見えました。
8:30 頃に朝食のレストランへ。ビュッフェだけどほとんどコンチネンタルかな。でもゆで卵とか、ハムとか一通りあるし、ヨーグルトもありました。レストランは日本で言う 2 階にあり、出勤していく人や自分で散歩する犬の様子を眺めることができます。
9:00 にホテルを出発。ギリシャの観光箇所は気まぐれに営業時間を変更することがあるので、とりあえず絶対にダーリンを連れて行きたいアクロポリスへ向うことにしました。ミトロポレオス大聖堂の前を通りがかったら扉が開かれていたので、大聖堂の中もちょこっと見学させてもらいました。
アクロポリスは丘の上にあるので街中からも見えるけれど、なかなか着きません。プラカの細い道を抜け、階段をどんどん登って地図と見比べていると、カフェの準備をしているおじさん達に『アクロポリスならこの階段を登って右へ行きなさい』と教えてくれました。
9:30 アクロポリスに到着。チケットは一人 12 ユーロ。チケット代は高いように思いますが、 アクロポリス博物館、ディアニソス劇場、古代アゴラ、ゼウス神殿などなどの共通券になっているので、このチケットだけでアテネの主な見所は観光できます。捨てないように要注意。 チケット売り場に着いた段階でもう一山登った気分に浸り、既に暑さでヘロヘロ。しかし、パルテノンまではまだ登りが続きます。 西側のブーレエの門を入り、柱だらけの前門 (プロピーレア) でちょっと休憩していると、大勢のグループが続々とやってきました。それにしてもここはいつ来ても修復している気がします。
前門を抜けると、パルテノン神殿が見えます。現在は 2004 年のオリンピックに向けていつもより真剣に修理中のようでした。パルテノンと言うと柱が林立していて中はスケスケのように見えますが、西側には少し壁が復活していました。
日陰の少ないアクロポリスで、暑さに耐えられなくなったところでアクロポリス博物館へ逃げ込みました。アクロポリス周辺で発掘された出土品を中心とした博物館ですが収集品も多く、アルカイック期の名品や、パルテノンのレリーフや破風の像も展示されています。最後の部屋にはエレクティオン神殿の女身柱のオリジナルも見ることができます。
6 人の女身柱が美しいエレクティオン神殿は、私のお気に入りです。斜面に建っているので、パルテノン側からみると小さくてかわいらしい神殿ですが、裏に回ってみると堂々たる入り口が残っています。あまりに美しいその女身柱の一本は現在大英博物館が所有しています。
アクロポリスからはアテネ市内を一望できます。ゼウス神殿やアドリアヌス門はここから見学。すでに私達の口から出る言葉は "ヤーサス" になっていました。"ありがとう" もヤーサス。"ごめーん" もヤーサス。"頑張ろう!" もヤーサス。しかも、『あの犬、ヤーサスだねー。』のように、全く覚えられない難解なギリシャ語で唯一便利で簡単に発音できる "ヤーサス" が嬉しくてすべてを "ヤーサス" で表現できるようになりました。
アクロポリスの麓には、イロド・アティコス音楽堂とディオニソス劇場があるので、11:00 過ぎにアクロポリスを出て音楽堂の方へ向いました。トイレの脇から降りる道があったのに、気づかず麓から大回りして劇場へ向ってしまった私達は、後から気づいてすごいショックを受けました。 既に体感 40°ぐらい。僅かな日陰をたどりながら、またも自分で作詞作曲した『走れ!プリン』の歌を歌いながらフラフラ歩く私に対抗して、『人生楽ありゃ苦もあるさ〜』と水戸黄門のテーマを歌いだすダーリン。しかも暑さで朦朧として歌い終わる前に話が始まる始末。
怪しい二人になりながら劇場まで来たものの、暑くて一番上まで上がって見る気力もすでになく、いい加減なところで音楽堂の方向へ歩き出すと、医神アスクレピオスの聖域とストア跡がありました。音楽堂の裏をあがり、再びさっき通ったアクロポリスまで戻ってしまった私達は古代アゴラ方面へ降りて行きました。音楽堂は現在も使用されており、今夜も何かイベントがあるらしくチケットが販売されていました。 私は木陰のカフェでビール休憩するつもりだったのですが、ダーリン曰く、『アクロポリス付近はきっと高いよ』とのことで、ふぅふぅ言いながら歩きつづけてしまいました。古代アゴラの入り口に向いながらもお土産屋に惑わされて、ローマンアゴラの周りを一周してしまった私達は、もうダメとローマンアゴラの角のタベルナに倒れこむようにして座り、12:30 前でしたが早めのお昼にすることに。 今日は、カフェフロート (アイスコーヒー) を初めて注文してみました。注文の際は、ミルクと砂糖の量も言います。料理はチキンアクロポリとタコのグリル。それとダーリンのビールで 24.5 ユーロでした。ダーリンの為に注文したチキンアクロポリ (鶏肉、じゃがいも、マッシュルームなどの野菜の煮込み料理) はとってもおいしいと好評。私のタコもおいしかったです。お昼をねだりにきた猫にもちょっとわけてあげました。
13:00 頃になり、昼食で少し元気を取り戻した私達は、間近に見えていたローマン・アゴラから見学することにしました。ここの "風の塔" は数ある遺跡の中でも私のお気に入り。ここのアゴラはローマ時代初期 (紀元前 1 世紀〜紀元後 2 世紀) のアゴラの跡です。
次に地図をダーリンに渡して、さっき迷った古代アゴラへ。13:30 頃到着しましたが、暑くてつらい。アゴラとは "市場" というだけでなく政治・宗教・文化施設の集中していた場所で、ここ古代アゴラはソクラテスやプラトンも弁舌をふるっていたと言われる重要な遺跡です。 この遺跡はすごく広くてどこから回ればいいのか入り口の看板を見ながら迷っていると、さらに強い日差しがさしてきたので、とりあえず古代アゴラ博物館方面へ進み、日陰をもとめて、ほとんど熱中症寸前になりながらアタロスの柱廊へ逃げ込みました。 『日陰最高!』と狂ったように叫ぶ二人。この後、冷房のよく効いた古代アゴラ博物館に入り、『エアコン最高!』と言いまくり、『エアコンを発明した人にノーベル賞を贈ろう。』と個人的に決定しました。小さな博物館をエアコンにあたるためにひどくじっくり見学した怪しい二人組みは、再び回廊へ出ると、日陰のベンチでダーリンが居眠りを始めたのでそのまま更に休憩。でもお蔭で回復し、そのあと広いアゴラ内を廻ることができました。ちなみにこの古代アゴラ博物館は古代ギリシアの遺跡の中でただひとつ完全に修復されたものだそうで、古代は一つ一つのドアが商店の入り口になっていたんだそうです。 その後、アギイ・アポストリ教会、造幣所、九噴泉、市民裁判所、トロス、会議所、大排水溝、アグリッパ音楽堂などなどを見学。その中でも小さなパルテノン神殿のようなヘファイステオン (テセイオン) 神殿は原型をよく残していてまさにギリシャの神殿そのものでした。
15:30 頃古代アゴラを出て、15:40 にホテルへ一度戻ったのですが、ちょうど部屋の掃除中で中に入れなかったので、しばらくロビーで待つことになりました。きれいになった部屋でしばらく休憩した後、 19:20 頃ホテルを出発し、昨晩歩いたエルムー通りを歩いてシンタグマ広場へ。明日からのメテオラ観光に備えて現金が少なくなった私達はこの辺りならどこか両替があるだろうと思って辺りを見渡し、とりあえず目についた両替商で率がいいところをみはからって両替。 次に帰りの日の早朝のフライト (05:55) に間に合うようなバスが走っているのかどうか、時間をチェックしにバス停へ行きました。 バスの時間をメモしてから、20 時の衛兵交代を見るために国会議事堂前の無名戦士の墓へ行くとすでにちらほら人が集まり始めていました。死の床に横たわる兵士の姿を彫った碑の両側にはエヴゾナスという民族衣装を着た衛兵がひとりずつ微動だにせず立っています。 広場にはたくさんの鳩がいて鳩のエサを売るおじさんの姿とくつろぐ大きな犬の姿が ...
衛兵交代の時間になるとさすがにたくさんの人が集まって来ました。私達は早くからいたので一番前に陣取って写真を撮りました。
![]() 上官 (?) の人にフサをきれいにしてもらって ...
その場にいた全員が『あのバカ犬は踏まれてしまうのか!』と心配したけど、
思いがけず犬が登場した楽しい衛兵交代の後、夕食へ。今度はエルムー通りと平行して走るミトロポレオス通りを通ってホテル方面にもどると、ビルに飲み込まれたアギオス・ディナミス教会が見えてきました。
20:30 頃、ホテル近くのクィック・ピタの少し埃っぽい路上でライトアップされたアクロポリスを眺めながら食べました。
私はチキンでダーリンはビーフのギロとビールを注文して 16.6 ユーロ。これは安い!私のチキンはカレー風味が新鮮な感じでとってもおいしかったです。
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