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2003 年 ギリシャ旅行記 (3 日目) ■ 6 月 14 日 (土) クレタ (イラクリオン) →ロードス
6:30 起床。晴れ。
今日は 16 時の飛行機でロードスへ移動するまでクレタ島で観光とお買い物の予定。
他に予定もないので 10:30 ぐらいまでゆっくり (冷房が効いてるし) ガイドブックを見ながら見学することにしました。ここにはクレタ島の各遺跡から発掘された品々がたくさん展示されています。昨日見学したクノッソスから出土した壷などや壁画のオリジナルもありました。とても充実した内容で二人ともかなり熱中。しかも嬉しいことに写真が撮れるので気に入ったものを撮影できました。
博物館の展示の様子 (牛頭のリュトンのある部屋)
ミノス王のシンボルである両刃の斧
フェストスの円盤 (この象形文字は未だに解読されていません)
クノッソスの壁画 そのうち気に入ったものには自分勝手にタイトルを勝手につけて遊びました。最後に遺跡の全体像を空から空撮した絵葉書を購入 (0.4 ユーロ) し、表にでてしばらく博物館の外壁のベンチ (もちろん日陰) に座り、更にガイドブックを読み耽っていると、大きなグループがいくつもやってきたので早めに行ってゆっくり見学できて良かったと思いました。写真もたっぷり撮ったし。
トリ!? (私の一番のお気に入り)
チワワの群れ
犬と私達 その後、昨日モロシニ噴水前で見かけたハッピートレインに乗ることにしました。噴水前に行って看板をよく見てみると『毎時出発』と書いてあったので、11 時までの間に昨日入れなかったアギオス・ティトス教会に行って、イコンなどの教会内部を見学することに。とても厳粛な雰囲気で入りずらかったけど私はイコンが大好きなので絶対見たかったのです。また、ここのステンドグラスは南国風のはっきりした色彩で明るい感じが目を引くものでした。アギオス・マルコス大会堂にも行ったけど、ここは今は使っていないようで展示は見ず、建物をざっと見学しただけ。
そして、念願のハッピートレインに 11:00 から乗車しました。一人 5 ユーロ。なんたって私は南フランスで訪れた街すべてでミニトレインに乗った記録の持ち主です。トレインに戻ったら結構人が集まっていました。びっくりしたことに発車後、乗り遅れたフランス人のおじいさん・おばあさんグループが歩いて赤信号で停まっていたトレインに追いつき乗り込んできました。老人といってもあなどれないものです。 ハッピートレインは 30 分程度の市内観光。一旦、海まで出てから古い城壁に沿って走るルートで、今まで歩いたことのなかったところを見ることができました。海際の道路脇ではじゃがいもが売られていました。普通の道路を走るので、他の車にはかなり邪魔者だと思いますが、観光客には大人気で『あれってどこから乗るのかしら?』と言う顔で、かなり注目されるので乗ってるこっちがテレるぐらいでした。
渋滞気味なのでチェックアウトの 12:00 に間に合うかどうか途中心配になってきましたが、元のモロシニ噴水前に 11:40 頃戻って来れたので、ホテルへ急ぎました。チェックアウトして、スーツケースをフロントに預けてから、 ショッピングロード中ほどのタベルナでお昼ご飯にすることにしました。タコのグリル、タラモ、スブラキとビール、レモネードで 25 ユーロ。やっぱり魚介類はちょっと高めですね。タラモは塩っ辛かったので残しちゃいましたが他は完食。ギリシャ料理は塩味が濃いことがたまにあります。
その後、行ったことない道へ行ってみようとモロシニ噴水前の道を海と逆方向へ歩いたら、市場みたいのがあったのでお土産にイルカ柄の小皿などやウゾ、オリーブオイル、マグネットなどを購入しました。今日の私の洋服はノースリーブのニットのワンピースです。ダーリンは相変わらず T シャツにチノパン (?) だったかな。
14:00 頃、ホテルへスーツケースを取りに戻ったら初めて日本人 (2 人) に会いました。でも、もうこの島とはお別れ ... ということで来た時と同じバスで空港へ向いました。バスのチケットは再びキオスクで購入 (0.65 ユーロ)。 10 分ぐらい待ったらバスが来たので乗り込み、空港には 14:30 前に到着しました。クレタ−ロードス便なんてそんなにいないかなぁと思っていたけど予想に反して満席でした。 16:00 過ぎにロードス行きの飛行機へ。初めて乗るエジアン航空はシートが革張りで豪華。イラクリオンまで来た時の飛行機より大きめな感じがしましたが、やはりプロペラ機。しかも徒歩で飛行機まで歩かされました。
ロードスの空港には 17:00 過ぎに到着。晴れ。飛行機からもきれいな海が見えました。タクシーの運転手のおじさんは開口一番『結婚式にきたんですか?』と聞かれました。よく聞いてみると空港からすぐの丘の上にある教会でよく日本人が結婚式をするからとのこと。車は海沿いにあるホテル街を抜けて走ります。うーん、ビーチのホテルもよかったな。それに向こう岸に見えるのはもしかしてトルコ!? 旧市街の中はタクシーでしか入れないと思ってタクシーに乗ったのに、宿に電話しなかったせいか城壁の中には入れないと言われ、仕方なくニコラスホテルに近い入り口 (聖母の塔) で降ろしてもらいそこからホテルまで歩くことになってしまいました。空港から旧市街まで 12 ユーロ (空港のタクシー乗り場に明示してあります)。タクシーのおじさんはとても親切でニコラスまでの道を説明してくれたけど、目の前に続く明らかに石畳の道をスーツケースで迷うのかと思うと目眩が ...
二人でガラガラとすさまじくうるさい音をたて、静かな旧市街に入る。すごい!トルコ軍が打った (と推測される) 石の玉が未だにごろごろ転がっている。数百年も前の物なのに、なんて片付けられない人たちなんだ ... と感動しました。市街に入って最初の角を左に曲がれと言われたけど本当にこの道でいいのかなぁ? とためらっていたら、親切にも街の人が『ニコラスならここを曲がれ』と教えてくれました。ギリシャは旅行者に親切なお国柄だそうです。 結局、ダーリンはうるさいスーツケースがイヤになって肩に担ぎ上げ、どうにかニコラスホテルに辿りつきました。ここは古代のアゴラを利用して建てられたプチホテルで家具もアンティークな雰囲気。でも、外の呼び鈴を押しても誰も出てきませんでした。仕方なく入り口のドアを入るとフロントも暗く、中庭の方を覗いても人気がありません。しばらく二人でフロントのベンチに座って、くつろぎましたがいくら待っても誰もこない!一人おじさんが来た ... と思ったら宿泊客の人でした。 仕方なくそのまま夕暮れのホテルの入り口で二人で延々と待りました。と、やっと宿のおじさんが来て予約の名前を確認すると、『日本人は左手に結婚指輪をするのか?』と言うので、『何でそんなこと言い出すんだろう。とぼけたおやじだ』 と思いながらも素直に説明しました。このおじさんはそれからもしつこくパスポートの名前が旧姓なのは何故かと聞きまくったあげく、夫婦と証明する証書がないと同じ部屋に泊めないだの、同じベットには寝れないだの言い出し、私達はあっけにとられました。『人を待たせておいて詫びもなく、その態度は何だ!そもそもメールしたときに名前も書いたでしょ!』と思ったけど、仕方ないので日本の風習から説明する私。 しかし宿のおじさんは外務省に電話するだの『日本の友達』に電話するだの言いだしました。『日本人に友達がいる』と言って宿帳を持ち出すようなヤツにまともな人間はいないと思っている私はこの時点で完全に相手にしていませんでしたが、いいかげんホテルマンとして赦せなくなってきたので他のホテルを探そうかとダーリンに言おうと思ったところで、『まぁいいや。あなた達を信じることにする。』と言い出したかと思うと、あとで確認するからパスポートを貸せと言う始末。あくまで嫌味なおやじでした。 部屋は 1 階の奥の小さな部屋と、広めのスィートと 2 階の広めの部屋と 3 つ見せてくれました。が、メールでは 80-120 ユーロだと言っていたのに、それを指摘するとそれはシングルの値段だったとぬけぬけと言い放ち、本当は狭い部屋が 120 ユーロで大きい部屋が 180 ユーロだと言います。しかも朝食は 1 人 12 ユーロ追加とのこと。この時点で、このおやじの首をいつ絞めてやろうかと首をジッと見つめる私。(後から よく考えてみるとメールのやりとりもクドクドしていておかしな人とこだと思ったけど、この宿のおじさん自身がくどい人間なのところ、さらに英語の使いまわしもおかしいので理解しがたいのだと思います。) どの部屋にしようか考えながらフロントへ一旦スーツケースを取りに戻り、支払いに私のクレジットカードを出したら、『彼の分もあなたが払うのか』と言われたので『別に出所は一緒だからどっちだっていいんだけど、なんなら彼のカードを出すよ。』とダーリンのカードを出すと、今度はダーリンに向って『彼女の分もあなたが払うのか』と同じ事を繰り返す。『おやじ、それじゃぁ堂々巡りだよ!』と、キレそうになりながらも再びルームチャージについて説明すると (なんで客の私が説明するのかはわからないが)、彼は『だってアメリカ人は別々に払うんだよ』と言い放った。『アメリカでもルームチャージを別々に払ったことなんかないけど。』と思いつつも、どうにか宿のおやじを納得させることに成功。そもそも私達はアメリカ人じゃないし。 いい加減むかついたけど、あの石畳の道にスーツケースを持って戻る気力もなかったので『もういい。一晩だから一番狭い部屋にします!』と言い捨てて、小さい部屋に荷物を運び込む私。と、おやじが後ろからついてきて『でも上の部屋を 150 にまけてあげるから、そうするとこの小さな部屋と 6 ユーロしか違わないよ』と悪魔のように囁いた。私もまだ人間ができていないんだろうか。『むむっ。それなら上の部屋の方がお得かも。』と思い、再び移動しようとすると、おやじはさらに『1 階の広い部屋と 2 階とどっちがいい?同じ値段にしてあげるよ。好きな方にしなさい。』と言い出した。『それなら、そうと最初から言え!』と心の中で大きく大きく叫びながらも、狭い階段を荷物を抱えて 2 階へあがるのも面倒なので、ちゃっかり 1 階のスィートに荷物を運び込んだのでした。
『もういいよ。この部屋で。もういくらでもいい。動けない。』と、宿のおやじとの不毛な戦いにぐったりし、ベットに倒れこむダーリン。とりあえず、永遠に続くかと思われた戦いの後やっと決ったお部屋はアゴラを活かしたアーチがあってなかなかいい雰囲気でしたが、入り口すぐにベットがあって洗面所に入りにくいし、よくよく見渡すと家具がちょっとヘンな配置。洗面所の中は狭くてバスはシャワーのみでした。部屋は中庭に面していますが、1 階なこともあって人の出入りがちょっとうるさかったかな。あと、カーテンが窓でなく、アゴラのアーチに付いているので、外から見えないようにカーテンを閉めると部屋は半分ぐらいの広さになってしまいました。宿のおじさんは結局、朝食の時間も場所も部屋の値段 もはっきりとは言わず、どこかへ去って行ってしまいまったけど、この部屋がいったいくらになったんだろう (翌日支払いの段階になってやっと 150 ユーロ/朝食込 と判明)。
部屋から亀のいる中庭を望む やっと部屋が決まったので、旧市街へ夕食へお出掛け。もう日差しが夕暮れ。でも、夕食はいつも大体 20 時頃だし、日の入りは 20:30 頃だから、夕方は涼しくなってちょうどいいお散歩タイムです。 ちょうど私達が出掛ける時にフロントで先ほどの宿のおじさんと他の宿泊客がもめていました。これまた宿のおやじのくどくどしゃべることと言ったら ... と、振り返ると飽き飽きした顔の女性と目があったので二人でしかめっ面を交わしました。まさに言葉がなくても分かり合えることってあるのね ... と思えた瞬間でした。
スレイマンモスクや騎士の宮殿を横目にエレフテリアス門を出て海へ。ミコノス島の風車が有名だけど、ここロードスにも風車がありますし、何と言っても世界七不思議の一つヘリオス像が建っていたという伝説の港です。現在は港の左右に青銅の鹿の像が建っているだけですが、この鹿の像の上を港を跨ぐようにな大きなヘリオス像が建っていた ... というのが眉唾ものだけど世界七不思議の一つになっています。
ギリシャではレストラン・タベルナがたくさんあり、とても気軽に入れるのですが、何故かこの日はなかなかレストランを決められませんでした。やっと、イポクラティウス広場を少し上がったところにある遺跡のある広場の周りのタベルナの一つ Sarris Taverna に入り (といっても外の席だけど)、シーフードプレートとワインを注文。隣の席では大人数のグループが豪勢にシーフードを注文しているので、こっちは料金も省みずロブスター付にし、今日は思いっきりシーフードを食べるのだ!と意気込みました。 しかし、ワインを飲み干しそうになり、日が暮れて暗くなりそうになっても料理が出てきません。待っているうちに料金が怖くなり逃げ出そうかと迷う私。催促してやっとでてきた豪華なプレートは期待を遥かに超える豪勢な内容で、シルバーのお盆にロブスター、大きい海老、これまた大きなサカナが乗っていました。やばい。これは高そうだ ... と内心怯えながらも、注文してしまったものは仕方ないし、暗くなってきたのでガツガツ食べ始めました。サカナは別のテーブルでボーイさんが切り分けてくれたので写真には写っていないのが残念です。
待っただけのことはあってロブスターは太っていておいしいし、海老はもう最高にプリップリッ!サカナは詳しくないのでよくわかりませんがスズキかな。白身の魚で醤油を持ってこなかったことが悔やまれました。 1 人前のつもりで 1 つと注文したのに、絶対 4 人前ぐらいはあると思う量。他の料理注文しなくてよかったぁ ... と思いながら、支払いの段階になってレシートを見てびっくり!116.20 ユーロ ... ありえない額だと思って『これ隣のテーブルのレシートでしょ。よく見てよ。やだー。シーフードセットしか注文していないじゃん。ねー、そうでしょ?』と、店員に押し返したら、やっぱりうちのテーブルだと言われました。よくよく聞いてみると、海老×8 匹+ロブスター+サカナ+ ... のように単価方式になってる!とほほ。黒板に書いてあったのでミックスプレートというセットメニューかと思ったけど、やはりこれだけゴージャスになると時価方式なのね。どうりで値段が書いてなかったわけだ ... と二人で抵抗をやめダーリンのカードで支払ってもらいました。でもいいの。たまには贅沢しないとメリハリつかないからね ... ワインも飲んだし ... と二人でなぐさめあいつつ、今後は値段を確認してオーダーしようと密かに心に決める私なのでした。 ホテルへ帰ったのは 21:00 頃。帰り道は暗くてちょっと怖かったかな。食べ疲れたのでシャワーだけのみ浴びて即効眠りました。
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